テクスト主義

世界を革命する力を!

成長物語としてのジュラシックパークとジュラシックワールドについて 感想

 ネタバレ有り

 

 ジュラシックパークを初めて観たのはいつ頃だろうか。おそらく小学生の時ぐらいだったと思うがどうやって観たかもよく覚えてない。おそらく地元の図書館から借りてきたか、金曜ロードショーかなにかのテレビ番組で観たと思う。気づけば知っていたというのがおそらく適切だろう。ずいぶんと昔の事だから当時どう思っていたかなんてちゃんと覚えてはいないが世の子供たちと同じく自分もこの恐竜の世界にどっぷりと魅了されていたのは間違いない。密閉された空間において怪物?から逃げるといった王道サバイバルストーリーと圧倒的にリアルな恐竜達の映像を子供が好きにならない理由なんてないはずである。

 
 今回ジュラシックワールドという新しいシリーズを観る前に、シリーズ一作目のジュラシックパークを見直してみようという気になった。本当に6,7年振りにジュラシックパークを観が、やはり無類におもしろい。もう初登場時から20年以上も経過しているにも関わらずまったく古さを感じさせない。CGがこれほどまでに進化した現代においてもこの映画の恐竜達はホントにそこにいるかのような実在感がある。話も今になって見返してみると、ハラハラドキドキさせられるだけではなく色々な意味があることに気づかされる。
 
 この映画は単なるエンターテインメントに終わるだけではなく、様々なテーマが内包されている。例えば行き過ぎた科学の万能主義者に対する批判などだ。しかし私が今回見直す上で最も注目したストーリー上の要素は「大人になりきれない人間が大人になる」といテーマである。ジュラシックパークの主人公のアランは化石が大好きで恐竜の事ばかりを考えている恐竜博士(オタク)だ。そんなアランにもちゃんとエリーという助手であり彼女がいるあたり憎らしいが、アランは大の大人のくせに恐竜をバカにした子供に対してムキになったり、理由もなく子供に嫌うのである。子供嫌いということもありエリーとも結婚をしようとしない。恐竜という夢を追い続けるアランは、子供嫌いにも関わらずどこか子供っぽい人間なのである。しかしそんなアランも子供達と共にジュラシック・パークの事件に巻き込まれるていく内にだんだんと「大人」として成長していく。アランとハモンドの孫達がT-REXに襲われた後、子供達と共に木の上で寝るというシーンがある。彼らが目を覚ますとブラキオサウルス(首が長いでかい恐竜)が目の前に居るのだがレックス(姉の方)がその恐竜を怖がるのである。そんなレックスに対してアランは「理由がないのに嫌っちゃだめだよ」という大人なセリフを吐くのである。これは恐竜に対して偏見を持たずに触れあってほしいというアランの言葉だが、一方でこの言葉は子供嫌いなアラン自身に対しても跳ね返ってくるのである。アランは恐竜に御触れて木の上で寝るという一夜を子供と共に過ごし、いつの間にか嫌っていた子供と心を通わせることができているのである。そしてラストでは脱出後のヘリコプターの中でアランはハモンド達の孫を両脇に抱いて座っている。子供と同じ車に乗るのさえ嫌だったこの男がである。その姿を観てエリーはほほえむのであるが、観客はこの時エリーの視線となってアラン成長したなーとしみじみ感じるのである。つまりこの映画は主人公の古生物学者アランの成長物語でもあるのだ。
  
 それでは今回のジュラシックワールドはどうだっただろうか。結論から言えばこの映画の主人公は前作と違いほとんど成長していないように感じる。今作のヒロインのクレアという科学者兼ジュラシックワールドの管理者は前作のハモンドのような役割を担っており、また熱心に働きすぎるあまり私生活を顧みることが出来ない現代的なキャリアウーマンを象徴するようなキャラクターである。このクレアは妹の息子兄弟を預かりジュラシックワールドを案内するよう言われていたが、仕事が忙しくその役目を秘書に押しつけるのである。この兄弟がなかなかのクソガキっぷりを発揮し勝手な行動を起こすことで、お約束のガバガバ管理体制の下で恐竜が逃げ出し大惨事が発生したしてしまう時に危険地帯で孤立してしまう。そこでこのクレア、なんといきなりパークの管理を放棄して自分が預かっていた妹の兄弟達を探しに行くのである。前作の話ならばパークはまだ開園する前であり、いくらでも助けにいくことはできるのだが今作ではパークは大盛況で何万人もの観光客が訪れているのである。来場者が次々と恐竜に喰い殺される地獄絵図の中で身内を助けに行くなんて、パークの責任者としてどうなのだろうか。しかも恐竜が暴れて阿鼻叫喚の中、ヒーローのオーウェンと意気投合し、いきなり人目も気にせず(気にすることができる状況ではないが)いちゃいちゃキスしだすのである。あげくの果てに脱出した後再開したオーウェンとクレアが オ「これからどうする?」 ク「行きたいところにいきましょう」(おぼろげ)と希望溢れる会話をするのだが自分としては、「これからどうするじゃねーよ!お前にはこれから業務上過失致死罪の裁判が待ってんだよ!!」と思ってしまったのである。確かに今まで顧みなかった子供達を助けに行ったという点では成長したと言えるし、オーウェンとの関係が成就したのも私生活がほとんど無いような彼女にとっては良かったことである。しかしパークに来ている来場者の命を確保する最優先の仕事=大人の責任を放棄してそれに対して何も感じていないというのはなんともひどい話である。そういう意味ではこの主人公たちはまったく成長できていない。

 前作の監督であるスピルバーグは映画を通して人の成長を描くことをしてきた作家である。スピルバーグは過去のインタビューでも

「私がこれまで引き付けられてきた物語は、すべてチェンジに関係しています。つまり、人の成長なのです。過去の自分から新たな自分へと変わっていかなければならないんです。人が困難に耐えたり危険を冒したりしてその成長を実感できるストーリーならばそれは伝える価値があるのです。登場人物が全く成長しない映画なんて作りたくありません。全然おもしろくありませんからね。私はヒットでなくホームランになるような物語を描きたいのです。一番大事なのは、特殊効果でも興行成績でもなくストーリーなのです。」出典 http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3163_1.html

と発言している。「危機的状況を乗り越えて成長する」という物語はまさにジュラシックパークで示されているとおりである。また「未知との遭遇」などでは夢を追い続ける大人と現実との折り合いの難しさがえがかれており、これもジュラシックパークのアランと被る部分が多いように思う。今回の監督がスピルバーグではないのだが、そうした要素はあまり感じることができなかった。映画をただのエンターテインメント作品に終わらせるのではなく、そこにきちんと人間の成長を描けるスピルバーグは当たり前だがやはり上手いと思わざるをえない。ジュラシックパークとジュラシックワールドを比較するならばやはり前者がどうしても上手である。

 
 とはいえ、なんだかんだ巨大な恐竜に追いかけ回されるのは興奮するし、本当にありそうなパークのリアルな未来感は観ていてアガることは間違いない。童心に返って楽しんで観ていたことは否定できない事実だ。劇場で見に行って損をすることはない作品ではある。

 

 

ジュラシック・パーク [Blu-ray]

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Splatoonと2000年代文化

 Splatoonの完成披露試射回楽しそうですね。とてもプレイしたいんですが、残念ながらWii Uを持ってないので動画を見てその欲求を抑えている昨今です。便利な時代ですね。昔はファミ通がこの機能を担っていたと思うのですが...

 ところでこのSplatoon初めて見たときから思っていたのですが何だか懐かしい!最近この懐かしさの正体についてぼんやりと考えていたのですが自分の中で少し繋がってきた気がするのでまとめようと思います。

 この懐かしさはずばり2000年代前半感!(結局ぼんやりしちゃってますけど)まず同じゲームのカテゴリから言うと一番分かりやすいのがセガジェットセットラジオジェットセットラジオインラインスケートを装着したキャラクターが架空の街トーキョーを舞台に縦横無尽に飛び回りグラフィティを描いて回るアクションゲーム。BGMはヒップホップなどが使われSEにスクラッチの音がなどが多用される。作中のビジュアルなどには原色が使われており、キャラクターのファッションや音楽などを含めてSplatoonに似ているなと。このジェットセットラジオ、実は90年代の裏原ブームの影響をかなり受けているのではないか。

 自分自身実際にこの時代を生きていたわけではないので厳密な定義をすることは難しいが、裏原ブームとは超簡単に言ってしまえば、既存のモードではないストリートを舞台に始まったファッションムーブメント。特にこれらのブランドは密接に音楽と関わっていた。藤原ヒロシはもともとDJをやっていたし、NIGO藤原ヒロシ2号が由来だということもありもちろんDJカルチャーに造詣が深い。UNDERCOVERの高橋盾もロック好きなことで有名でありその服には多くのロック的エッセンスが注入されている。ここでは主にNIGOらが主に担ってきたDJ文化を含むストリートカルチャーに焦点を当てたい。

 NIGOA BATHING APE(以下BAPE)はもともと自作のプリントTの販売から始まったらしいが、その存在はNIGOの友人たちしか知らないようなかなりアングラなものだった。そのBAPEが有名になったのが彼と親交の深いアーティスト達によるBAPEの着用である。スチャダラパーコーネリアス小山田圭吾がライブなどで着用し、徐々に知名度を獲得していったらしい。(wikipediaより)これを考慮するとやはりBAPEの発展には渋谷を中心とする音楽カルチャーが密接に関わっていたことがわかる。その後BAPEはラッパーを中心に着られることになる。特にNIGOと海外のラッパーとの親交は有名でPharrel Williamsとのコラボレーションは記憶に新しい。TERIYAKI BOYZなどNIGOは日本のラッパーとのコラボレーションも数多くおこなっている。ストリートファッション誌Ollieなどでもよく取り上げられていた通りBAPEなどの裏原系ブランドは主にスケーターやラッパー(に憧れる中学性が大半かもしれない)に受容されていたといえるのである。

 これらを踏まえた上でジェットセットラジオを見てみるとこのゲームは90年代後半から突如として出現した裏原系ムーブメントからかなり影響を受けていることがわかる。ジェットセットラジオ全体の色使いである原色感もBAPEなどの B系ブランド(現在ではほとんど使われなくなってしまった感のある言葉だが)の色使いと共通している。そしてファッション自体もビートがヘッドホンを着用しているなど独特のヒップホップ感が醸し出されているのである。ここで気づくのがSplatoonとジェットセットラジオのビジュアルの類似性だ。タギングして縄張り争いをするジェットセットラジオに対してSplatoonではイカスミを塗りたくって縄張り争いをする。そしてそのスミはジェットセットラジオのグラフィティのように目が痛くなるほどの原色。さらにSplatoonのプレイヤーキャラクターでもある女の子のイカちゃんはヘッドホンを着用しているのである!しかもSplatoo内で装備品などが買える広場「ハイカラシティー」は明らかに渋谷をモデルとしており、この辺も架空の街トーキョーを舞台とするジェットセットラジオに類似しているといえる。この事実を考慮するとSplatoonの意匠はジェットセットラジオにかなり近いものだといえるのではないか。個人的には大暮維人の「エア・ギア」もジェットセットラジオ的なストリート文化の流れを汲んでいたと思うのだがどうだろう。(最終的には少年漫画特有の力のインフレ起こりすぎてよくわからなくなった感はあるが)


Splatoon for Wii U: 1 HOUR OF GAMEPLAY w ...


Let's Play Jet Set Radio - Part 1 - Welcome to ...

 しかしSplatoonから私が連想するのはジェットセットラジオだけではない。セガスペースチャンネル5。これは所謂音ゲーでジャンルは異なるのだけれどやはり世界観に同じ雰囲気を感じる。キャラクターも色彩が原色使いであり、音楽はヒップホップでこそないが渋谷系感漂う音楽が使われており裏原と同じ時代を生きたTEI TOWAの世界観に近いものを感じる。得てしてこれらのゲームは渋谷を中心とした音楽、ファッションカルチャーからの影響をかなり受けていると考えることができるのではないか。音ゲーパラッパラッパー』などはこれらの走りであったわけで。


Space Channel 5 Full Gameplay - YouTube


"Technova" TOWA TEI with Bebel Gilberto - YouTube

 

 

 今思い返してみるとでは2000年代以降の音楽ってヒップホップなどのストリートカルチャーに影響された音楽が多かった気がする。Dragon AshからOrange rangeまであの頃のバンドでラップを導入していたアーティストをあげればキリがない。当然RIP SLYMEKICK THE CAN CREWなどを筆頭にヒップホップグループが堂々とメジャーで活躍していた。(RIP SLYMEは今も現役だが。)しかし10年代以降の音楽シーンを見てみるとそうしたヒップホップを取り入れたグループがほとんどないということに気づかされる。音楽チャートの上位に登ってくるのはEDM系かアイドルだ。2000年代の裏原系を中心としたストリートカルチャーは終わったのである。(NIGOはBATHING APEを辞めたし、UNDERCOVERはパリコレでコレクションブランド化している。)

 そんな時代状況の中で急に現れたSplatoon。私はやはりこのゲームの中に失われた2000年代あたりのストリートカルチャーの残滓を感じる。そしてそれはゲーム産業においては今までセガが担っていたものだと思う。しかし今回任天堂からこのゲームが出てしまったということであの頃のセガファンとしては何かもの足りない気がする。『龍が如く0』で80年代の歌舞伎町を再現するのもいいんだけど、私としては90年代後半から2000年第前半の渋谷を舞台にしたゲームとか作って欲しいなあとか思うわけです。完全に回顧厨だが。でもたぶんそういうの求めてる人も多いんじゃないかなあと思う。

 かなり乱暴な感じがしますが自分の力不足でこれ以上書けない気がするのでここら辺で終わります。とにかくセガは頑張れ!と言いたい笑。最近のゲーム会社は短期的に収益性の高いスマホゲームへ移行し始めている中、Splatoonはコンシューマゲームのこれからの礎として、そして2000年代カルチャーの後継者としてこの先売れて欲しいなあとぼんやり思ってます。

 

Splatoon(スプラトゥーン)

Splatoon(スプラトゥーン)

 

 

 

ジェットセットラジオ

ジェットセットラジオ

 

 

 

スペースチャンネル5

スペースチャンネル5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『帰還兵はなぜ自殺するのか』

『帰還兵はなぜ自殺するのか』デイヴィッドフィンケル 著 古屋美登里 訳

 アメリカンスナイパーを見たあとに某ラジオで取り上げられていたので購入。イラク戦争帰還兵の200万人の内、50万人がPTSD等の精神的障害を抱えておりその中でも年間数百人が自殺を遂げているという。本書はそうした米軍帰還兵のいくつかの人間にスポットに当てたノンフィクション。

 一通り読んで思ったのは戦争帰還兵の精神的障害はPTSDだけじゃないのか!ということ。帰還兵の多くの精神障害は主にPTSD(心的外傷後ストレス障害)に分類されるものが多い。しかし読んで始めて知ったのが TBI(外傷性脳損傷)の存在だ。TBIは、「心的」とあるように過去のトラウマ体験に起因するPTSDとは異なり物理的なダメージが脳に与えられることによって発生する病気である。兵士の近くで爆発が起こった場合に爆風が直撃しなかった場合でもその衝撃により脳の広い範囲に損傷を与え、記憶力や人格形成、歩行能力などといった日常生活に必要な脳の機能に異常を発生させるのである。2001年から2009年までにアメリカでは14万人がTBIだと診断されている。(wikipediaより) 近年知名度を増すPTSDのことは知っていたが物理的なダメージによるTBIの存在は全く知らず自分にとっては衝撃だった。

  PTSDもTBIもたちが悪いのはどちらも目に見える傷ではないということである。例えば戦争で手脚を失う、失明するなどの外的な損傷が明らかであればその人が戦争において負傷したことが分かりやすくサポートをしやすい。しかしPTSDなどの心的な障害においては周囲の人間から立派な病気であることが認知、理解されづらく社会復帰が困難なのである。帰還兵が戦争により何らかの精神的障害を抱えていても誰にもそのことを気づかれず、自殺にまで至ってしまうというケースもあるのである。

 この本ではそうした精神障害を抱えてしまったイラク戦争帰還兵の姿が克明に記録されている。「戦争から帰ってきて急に人が変わった」とある帰還兵の家族が述べている。戦争前、温厚でユーモアに富んだ人物でも戦争から帰ってくると急に家庭内で暴力を振るうようになる。戦争体験による度重なる悪夢、フラッシュバックが日常的に発生し、睡眠薬精神安定剤の恒常的な摂取により日常生活がままならなくなり家庭が崩壊していく。本人だけでなくそれにより収入がなくなることで一家の生活もままならなくなるのだ。セラピーなどの帰還兵支援活動も決して無料な訳ではない。少ない生活費を切り詰めながら家族の精神的問題に対処しなければならないのである。

 少なくともこの本においてはアメリカ軍に志願する者の多くが高い所得に恵まれているわけではないようだ。そうした人間達がわずか10年間にも満たない2、3回の派兵によって精神的障害を抱え、その後の社会復帰も上手く行えず収入もないまま派兵で稼いだ貯金が無くなっていく。一方でワシントンのエリートたちはそんなことにはあまり関心を払うことなく政治を行っていく。政府による帰還兵支援もあるが決して十分に行われているとは言えない。ここからは戦争を通したアメリカの貧困格差問題が見えてくるのである。 

 また帰還兵支援施設で治療を行っている人間は決してイラク戦争経験者だけではない。ベトナム戦争第二次世界大戦に従軍した老兵達は未だにPTSDなどの精神障害に苦しまされている。ベトナム戦争から約50年、第二次世界大戦からは約70年も経っているにもかかわらずだ。この問題がいかに深刻かということがわかる。

 

非常に考えさせられる本だった。教訓にすべきことは目を逸らさずにこの現実を直視することである。

 

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ16)

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ16)

 

 

 

 

 

 

映画『セッション』について

セッション。見てきました。

鑑賞前から既に町山智治氏と菊池成孔氏がネット上において論戦を交わしていたが、二人のブログは見ないようにし前情報は劇場で流れる予告編だけという状態で映画館へ。

結果で言うと自分はこの映画を諸手を挙げて賞賛はできないという立場だ。

町山氏と菊池氏のブログも鑑賞後すぐに読んだが、争点のひとつはやはり結論の解釈の違いだろう。町山氏はあのラストは師弟関係も地位も名誉もなにもかもなくなり純粋な音楽グルーブによってハッピーになるというような解釈を示していたが私はそうは思わなかった。

むしろあの二人は観客もバンドのメンバーも全て無視して二人だけの世界に入っていくというハッピーというよりはむしろ狂気に近い領域に至っているのである。それは音楽によってもたらされる純粋な喜びなんかでは当然なく、師匠の異常な指導とそれを受け入れてしまった弟子が作りだしたいびつな世界でしかないのである。

宇多丸氏がムービーウォッチで言及していたようにあれは正にスターウォーズのルークのような病み墜ちなのである。主人公の父がドアから息子のステージを引きつった顔で眺めているシーンが象徴しているように、あのシーンは主人公が師匠という悪魔と取引をしてしまった瞬間なのである。

そうなると結局主人公はあれだけ嫌っていた師匠の指導スタイルを受け入れてしまったことになり、私としてはあのラストにカタルシス感じる事は出来なかった。それでいいのか!?と思わず疑問に思ってしまったのである。

別にこの映画はそうした指導を擁護している訳でもないだろうからこの映画は闇墜ちENDもの(そんな言葉があるかはわからない)ということで自分的には決着をつけることにした。

そうだとすれば菊池氏の言い分も納得が出来る。氏はブログ内でこの映画を「駄菓子映画」と評していたが、それは観客が思わず興奮せざる終えない師匠の刺激的な暴力シーンの末に結局闇墜ちEND至るという脚本故であろう。あれだけの暴力シーンを見れば不謹慎なことだが観客は思わずおもしろいと思ってしまうし、それを結局解決せずに闇に墜ちていく主人公もなんかエヴァみたいでカッコイイ的な落としどころなので脚本に誠意が感じられない。端的に興奮できておもしろいと思わせてくるこの脚本が「駄菓子映画」と評されるのには妙に納得してしまう。

とは言いつつも私自身もそうした刺激的なシーンに興奮してしまったし、ビッグバンドの演奏シーンにもなんだかスゲーとか思ってしまったのである。映画に関しては門外漢にも等しいのでこれ以上だらだら書き連ねるのはやめるが、なんとも複雑な気持ちになってしまう映画だった。町山氏と菊池氏の両者の対決によって映画を見たくなったのは間違いない。むしろ二人の論争こそ最も「駄菓子的」効果があるのではないだろうか。

それにしてもスキンヘッドの指導者って何であんなに怖い人多いんだろう…(完全なる偏見)

 

 

 

セッション

セッション

 

 

若杉実 『渋谷系』

渋谷系とはなんじゃらほい。という疑問に駆られ購入。そもそも何故渋谷系に興味を持ったかというとまず始めに小沢健二の存在を知ったことに遡らなければなるまい。

  始めてオザケンのことを意識したのは2010年02月28日放送のTBSラジオの番組文化系トークラジオLifeの特集「小沢健二とその時代」を聴いてからだった。当時はおそらく自分は浪人をしていた頃だったと思う。「全然知らない人だしあまり興味ないけど聴いてみるか」くらいの感覚でポッドキャストで配信されていた放送を聴いた。話を聞いてみるとどうやら、小沢健二とは90年代のミュージシャンで絶大な人気を誇っていたが突然メディアの世界から姿を消し、いつのまにかアンチグローバリーゼーションのような思想を唱えるようになった人間らしい。 なんだか変わった人なんだなあという印象を抱いたことを覚えている。小沢健二本人のことはもちろんその周りに浮遊するオリーブ少女やらなんやならの渋系的記号も気になったがその時はそんな人がいるのかと思ったぐらいである。 

それから数年して大学生になった僕は大好きだったヒップホップに飽きていた。というかクラブミュージック全体に飽きていた。某音楽サークルに入りDJやラップをする中でいろいろ聴いていたのだがなんだか作業みたいになってきて嫌気がさしてしまったのである。よくある話だ。それからはあまり最新の音楽は聴かなくなった。専ら僕が聴いていたのは尾崎豊だった。尾崎の歌詞の中に現れる生きづらさや社会との摩擦といったテーマはちょうど上京して疲弊してしまった自分と重なって見えたのである。渋谷道玄坂にあるバイト先にむかう途中『僕が僕であるために』をスクランブル交差点で聴いては自分で悦に入るような恥ずかしいこともしていた。

  しかし尾崎もやはり何か違うような気がしていた。自分の閉塞した状況は80年代当時の尾崎の歌詞とはなんか違うような気がした。それに暗い曲ばかり聴いてもなんにも解決しないし。それで何かの拍子にフリッパーズ・ギターのカメラトークを聴いたのである。始めて聴いたときはなんてシャレオツな奴らなんだ!と思った。ちょっとフランスかぶれな感じの音やこっちが恥ずかしくなるような臭い曲のタイトル。それから小山田圭吾のあのなんともいえない少年っぽい声。いろいろ暗い気持ちだった僕にはこれがばっちりハマったのである。底抜けに明るい彼らの歌は月並みだが自分を明るくしてくれる気がした。こりゃいいやとばかりにフリッパーズギターにハマったのである。そういえばLifeでオザケン特集とかやってたなとか思い出しつつそれから色々調べだした。するとどうやら渋谷系という1つの流行があったらしいということが解ったのである。年上の人はこんなコトを聞いて失笑してしまうかもしれないがフリッパーズがカメラトークを世に出した90年ですら僕はまだ生まれてすらなかったのである。とうぜん彼らが活躍していた時代はまったく記憶にない。渋谷系を”再発見”した僕はピチカートファイブオリジナル・ラブなどの渋谷系アーティストを聴きあさっている。自分にとっての音楽ルネッサンスが起きている気がする。 

 本書を読んでぼんやりとしていた渋谷系という概念が少しは固まった気がするがあくまでこの本はほぼ渋谷の内側からしか渋谷系について述べておらず、オリーブ少女などの外部的、副次的な要素はあまり語られていない。それにしても90年代の渋谷はすごかったそうである。当時の渋谷はギネスブックに乗るほどのレコード街で多くの若者がレア・グルーブを探しにそのレコード屋をぐるぐる回遊魚のように廻っていたそうである。そうしたレア・グルーブ文化による音楽的素養が渋谷系音楽発達の土壌となったそうだ。インターネットもない時代の彼らの情熱は今の僕からしたら何故かうらやましい。口コミできいた情報をたよりに自分の脚でそれを確かめる。そんなアナログな行動はなんだか楽しそうなのである。

  そんな若者であった筆者は最近渋谷に行かなくなってしまったとか。渋谷系という潮流は割と早く終わっており、どうやら96年あたりにはそのピークは過ぎてしまっていたらしい。それとともに街の様子も変わってしまい昔のようなおもしろさもなくなってしまったらしいのである。たしかに配信時代の今ではレコード屋が淘汰されるのは当然だろうし、まあそもそもブームというものはいつか終わってしまうものだ。筆者の文にはそうした時間の流れと共に変わってしまった渋谷に対するどこか哀愁めいたものを感じる。 しかし僕は今渋谷系を聴いている。いくらその当時の渋谷系文化が廃れてしまってもその当時の作品がダメになってしまうわけではない。こんな疲弊した世の中オザケン聴いてないとやってなれないよ。ということでしばらくは自分の中で渋谷系ブームは続くだろう。

 

渋谷系

渋谷系

 

 

高橋徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』

「情報」って恐ろしいと思わせてくれた本。いきなり情報なんてぼんやりした言葉を使ってもよく分からないだろう。この本はボスニア紛争においてアメリカのPR企業の暗躍がいかに当事国のその後の運命を決めたかを追ったドキュメンタリーである。

 アメリカにはPR(public relation)という業種が存在する。 日本でいうところの広告代理店だがアメリカのPR企業は日本の広告代理店とは少し異なる。public relationという言葉が表すようにPR企業は政治という公的なものの宣伝も行う。アメリカの選挙において候補者がPR企業に宣伝を依頼するのは当たり前らしいのである。そして時にPR企業はアメリカ国内の政治だけでなく海外の宣伝すら請け負うのである。

 ボスニア紛争は1992年、旧ユーゴから離脱しようとするボスニアヘルツェゴビナをユーゴの事実上のボスであるセルビアが阻止しようとし起きた紛争である。ユーゴには多民族が共存しておりお互いがお互いの民族を殺し合うといった形で泥沼の様相を呈することとなり約6万人の人間が亡くなった。結果としてこの戦争に勝利したのはセルビアに軍事力で劣るボスニアだった。なぜボスニアは勝利しセルビアは負けたのか?それはPR企業をボスニアが上手く利用したからだ。

 戦争が始まれば確実に不利だと悟ったボスニア政府はすぐさまアメリカのPR企業と契約した。PR企業はセルビア人がいかに残酷な民族であるかという情報をメディアや政界に流しボスニアが有利になる世論を形成していく。ボスニアのモスレム人もセルビアセルビア人もほとんど同様のことを行っているにもかかわらずだ。詳しいPR企業の戦術は実際に本書を読んで確認して頂きたいが、結果としてセルビアは悪のレッテルを貼られ経済制裁や国際的な非難を浴びた末敗戦することとなる。いかに国際政治においてPRが大切かということが理解できる。

 しかも恐ろしいのはこのPR企業は決して嘘の情報を流していないということである。確かにそれなら非難されることはない。”嘘”ではないのだから。事実だけを切り取りそれを拡大し流布させることでそれは大きな力となる。セルビアがいかにボスニア人も残酷であるかということを発信しようとしても一度張られたレッテルを剥がすことは容易にできない。メディアも政治家もそうした内情に気づかない。アメリカのPR企業のその狡猾さには大変驚かされる。

 ニュースは決して”生”の情報ではない。誰かが取材し誰かが報道しているのである。それはメディアというものの本質と言えるかもしれない。メディアという語の語源はmediumだが、medium「中間にあるもの、間に取り入って媒介するもの」という意味が示すとおり常にメディアは”真実”を確実に伝えることはできないのである。我々が普段触れているあらゆる情報には絶対に誰かの手垢がついている。そこには目に見えない意図が働いているということを常に念頭に置いて情報を摂取しなければならないということを痛感させられた。

 

ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)

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桝山寛『テレビゲーム文化論』

最近、テレビゲームって何なんだろう?というのはいつもぼんやりと考えている。ゲームは割と好きで結構プレイしている方だが未だにゲームという物の正体が掴めない。

テレビゲームは体験するものであり映画のように受動的に視るものではない。しかしストーリーは存在するし近年ではグラフィックの進化により実写に近いクオリティのゲームソフトまで登場している。それではゲームは映画を越えるのだろうか?それもまた違うだろう。映画には映画の良さがある。たぶん

少しでもゲームという物が何かを考えてみたくこの本を注文した。この本。初版が2002年ということだから現時点からすると出版されてから13年が経過している。ゲームはテクノロジーの進歩に直接影響を及ぼされるということを考慮するとこの13年間という時間はかなり大きいものと言える。この本に示されている論には未だに有効なものもあるし、すでに失効してしまっているものもあることには留意したい。

本論で示されているのはまずテレビゲームの歴史はコンピュータの発展と密接に関わってきたということだ。初期のコンピュータにはモニタがなくコンピュータ上で遊ぶなんて誰も考えることはできなかった。しかしモニタが登場ししばらくするとプログラムによってその映像上の点と線を動かすという行為でテニスをする『ポン』のような簡単なゲームが登場するのである。

70年代にはアメリカATARI社がゲーム専用機をつくり、80年代にはタイトーの『スペースインベーダー』が登場。そして任天堂が『ファミリーコンピューター』を世に送り出し世界的に日本のゲーム産業界は一気に世界の中心となるのである。

著者はここまでの歴史を語った上で当時のゲーム界(PS2XBOXがやっと出てきたくらい)はすでに飽和しているのではないかという疑問を投げかけている。ゲームはマイクロコンピューターの上に描かれる仮想の遊び相手だとすれば現在の人間はすでにそれに飽きコンピューターに仮想の頭脳を持たせるだけでなく身体を持たせたものを求めているのではないかという仮説をSONYAIBOなどの愛玩用ロボットの流行に合わせて示して居る。つまりこれからはゲームというコミュニケーションからロボットとのコミュニケーションへ移行するだろうというのだ。

しかし現在からすればこの予想は外れたと言ってよいだろう。実際AIBOは2006年に製造中止になっており、それに変わるロボットペットが開発されたり流行になっていることはない。相変わらずゲーム業界はテレビゲームを作り続けている。筆者が予想できなかった要素としてあげられるのはスマホの登場に見られる情報端末の小型化とそれによるインターネットのさらなる広がりであろう。

現在のゲーム市場においては据え置きゲームがスマホゲームの売り上げに負けているという現象が起きている。筆者は据え置きゲームはグラフィックの向上とソフトにおけるルール(つまりゲーム性)という細かな変更点を除けばこれから進化する余地はないということを述べている。確かにこの点は一部同意できるだろう。しかし作者が未来予測を誤った点はスマホのような小型化された情報端末が普及し、人間とロボットがコミュニケートするのではなくインターネットを介して人間と人間がコミュニケートするということだったのである。

人々はゲームに物語性を求めずむしろ物語性の無いゲームにおいて自己と他者をインターネットにつなぐことによって得られるコミュニケーションを求めていたのである。パズドラやモンストといったゲームにはファイナルファンタジーのような映像美は必要ない。そこにはデフォルメされたキャラクターと分かり安いゲーム性だけがあるのである。

一方でリアル志向のゲームはどんどん「リアル」へと突き進んでいる。OculusRiftの登場はよりリアルな「現実」がゲームにもたらされることを予感している。余談だがこうしたリアル志向なゲームのシェアはどんどん海外の開発会社に奪われている。映画制作の経験値と膨大なバジェットをつぎ込んだコールオブデューティシリーズなどのアメリカの大作ゲームに日本のゲーム会社は太刀打ちできていない状態だ。つまり現在のテレビゲーム産業はリアル志向なPC、テレビゲームとスマホゲームのようにネットワークにつながれたコミュニケーション重視のゲームという二大潮流にわかれているといえる。私が注目したいのは前者のようなリアル志向のテレビゲームだ。VR技術の発展により実写映画を超えたハイパーリアリティとも言うべき体験が提供されるのか、楽しみである。

 確かに作者の予想は外れたがもちろん示唆的な部分も多くあった。まだまだ勉強不足で自分の中でゲームという物の正体は未だにはっきりとしないがこれからのゲームの歴史はどう進展していくのか、見守って行こうと思う。

 

テレビゲーム文化論―インタラクティブ・メディアのゆくえ (講談社現代新書)

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