テクスト主義

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高橋徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』

「情報」って恐ろしいと思わせてくれた本。いきなり情報なんてぼんやりした言葉を使ってもよく分からないだろう。この本はボスニア紛争においてアメリカのPR企業の暗躍がいかに当事国のその後の運命を決めたかを追ったドキュメンタリーである。

 アメリカにはPR(public relation)という業種が存在する。 日本でいうところの広告代理店だがアメリカのPR企業は日本の広告代理店とは少し異なる。public relationという言葉が表すようにPR企業は政治という公的なものの宣伝も行う。アメリカの選挙において候補者がPR企業に宣伝を依頼するのは当たり前らしいのである。そして時にPR企業はアメリカ国内の政治だけでなく海外の宣伝すら請け負うのである。

 ボスニア紛争は1992年、旧ユーゴから離脱しようとするボスニアヘルツェゴビナをユーゴの事実上のボスであるセルビアが阻止しようとし起きた紛争である。ユーゴには多民族が共存しておりお互いがお互いの民族を殺し合うといった形で泥沼の様相を呈することとなり約6万人の人間が亡くなった。結果としてこの戦争に勝利したのはセルビアに軍事力で劣るボスニアだった。なぜボスニアは勝利しセルビアは負けたのか?それはPR企業をボスニアが上手く利用したからだ。

 戦争が始まれば確実に不利だと悟ったボスニア政府はすぐさまアメリカのPR企業と契約した。PR企業はセルビア人がいかに残酷な民族であるかという情報をメディアや政界に流しボスニアが有利になる世論を形成していく。ボスニアのモスレム人もセルビアセルビア人もほとんど同様のことを行っているにもかかわらずだ。詳しいPR企業の戦術は実際に本書を読んで確認して頂きたいが、結果としてセルビアは悪のレッテルを貼られ経済制裁や国際的な非難を浴びた末敗戦することとなる。いかに国際政治においてPRが大切かということが理解できる。

 しかも恐ろしいのはこのPR企業は決して嘘の情報を流していないということである。確かにそれなら非難されることはない。”嘘”ではないのだから。事実だけを切り取りそれを拡大し流布させることでそれは大きな力となる。セルビアがいかにボスニア人も残酷であるかということを発信しようとしても一度張られたレッテルを剥がすことは容易にできない。メディアも政治家もそうした内情に気づかない。アメリカのPR企業のその狡猾さには大変驚かされる。

 ニュースは決して”生”の情報ではない。誰かが取材し誰かが報道しているのである。それはメディアというものの本質と言えるかもしれない。メディアという語の語源はmediumだが、medium「中間にあるもの、間に取り入って媒介するもの」という意味が示すとおり常にメディアは”真実”を確実に伝えることはできないのである。我々が普段触れているあらゆる情報には絶対に誰かの手垢がついている。そこには目に見えない意図が働いているということを常に念頭に置いて情報を摂取しなければならないということを痛感させられた。

 

ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)

ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)