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テクスト主義

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『帰還兵はなぜ自殺するのか』

『帰還兵はなぜ自殺するのか』デイヴィッドフィンケル 著 古屋美登里 訳

 アメリカンスナイパーを見たあとに某ラジオで取り上げられていたので購入。イラク戦争帰還兵の200万人の内、50万人がPTSD等の精神的障害を抱えておりその中でも年間数百人が自殺を遂げているという。本書はそうした米軍帰還兵のいくつかの人間にスポットに当てたノンフィクション。

 一通り読んで思ったのは戦争帰還兵の精神的障害はPTSDだけじゃないのか!ということ。帰還兵の多くの精神障害は主にPTSD(心的外傷後ストレス障害)に分類されるものが多い。しかし読んで始めて知ったのが TBI(外傷性脳損傷)の存在だ。TBIは、「心的」とあるように過去のトラウマ体験に起因するPTSDとは異なり物理的なダメージが脳に与えられることによって発生する病気である。兵士の近くで爆発が起こった場合に爆風が直撃しなかった場合でもその衝撃により脳の広い範囲に損傷を与え、記憶力や人格形成、歩行能力などといった日常生活に必要な脳の機能に異常を発生させるのである。2001年から2009年までにアメリカでは14万人がTBIだと診断されている。(wikipediaより) 近年知名度を増すPTSDのことは知っていたが物理的なダメージによるTBIの存在は全く知らず自分にとっては衝撃だった。

  PTSDもTBIもたちが悪いのはどちらも目に見える傷ではないということである。例えば戦争で手脚を失う、失明するなどの外的な損傷が明らかであればその人が戦争において負傷したことが分かりやすくサポートをしやすい。しかしPTSDなどの心的な障害においては周囲の人間から立派な病気であることが認知、理解されづらく社会復帰が困難なのである。帰還兵が戦争により何らかの精神的障害を抱えていても誰にもそのことを気づかれず、自殺にまで至ってしまうというケースもあるのである。

 この本ではそうした精神障害を抱えてしまったイラク戦争帰還兵の姿が克明に記録されている。「戦争から帰ってきて急に人が変わった」とある帰還兵の家族が述べている。戦争前、温厚でユーモアに富んだ人物でも戦争から帰ってくると急に家庭内で暴力を振るうようになる。戦争体験による度重なる悪夢、フラッシュバックが日常的に発生し、睡眠薬精神安定剤の恒常的な摂取により日常生活がままならなくなり家庭が崩壊していく。本人だけでなくそれにより収入がなくなることで一家の生活もままならなくなるのだ。セラピーなどの帰還兵支援活動も決して無料な訳ではない。少ない生活費を切り詰めながら家族の精神的問題に対処しなければならないのである。

 少なくともこの本においてはアメリカ軍に志願する者の多くが高い所得に恵まれているわけではないようだ。そうした人間達がわずか10年間にも満たない2、3回の派兵によって精神的障害を抱え、その後の社会復帰も上手く行えず収入もないまま派兵で稼いだ貯金が無くなっていく。一方でワシントンのエリートたちはそんなことにはあまり関心を払うことなく政治を行っていく。政府による帰還兵支援もあるが決して十分に行われているとは言えない。ここからは戦争を通したアメリカの貧困格差問題が見えてくるのである。 

 また帰還兵支援施設で治療を行っている人間は決してイラク戦争経験者だけではない。ベトナム戦争第二次世界大戦に従軍した老兵達は未だにPTSDなどの精神障害に苦しまされている。ベトナム戦争から約50年、第二次世界大戦からは約70年も経っているにもかかわらずだ。この問題がいかに深刻かということがわかる。

 

非常に考えさせられる本だった。教訓にすべきことは目を逸らさずにこの現実を直視することである。

 

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ16)

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ16)